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【体験談】僕と自律神経失調症|発症から苦悩そして完治まで

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ここで、この記事をお読みになっているあなたは、身体に心に、なにかしら不安を抱えて、キーワードを打ち込み、自分の身体に起こっている『何か』を明らかにし、それをどうにかしたいと心から思っている人たちだと思います。

 

数年前、僕もその中のひとりでした。

 

日に日に悪化する症状と、それに伴う体重減少、そして膨れ上がる不安感に、もう自分ではどうすることもできないまでになっていました。

 

病院に行っても、原因がわからず、ただ『大丈夫、心配ないですよ』と言って欲しかっただけなのに、『原因不明』という診断を突き付けられ、それをただひたすら繰り返し、症状だけは悪化していく・・・

 

病院に行くたびに、不安感だけがつのっていました。

 

そんな繰り返しをどうにかしたくて、自分でどうにかするしかなくて、自分の症状を検索欄に打ち込み、『原因』や『改善方法』といったキーワードとセットで、ただあてもなく探すといったことをも繰り返していたのでした。

 

あなたはどうですか?

 

いつになれば治るのかわからない症状に悩んでいませんか?

 

とりとめもない不安感に押しつぶされそうになっていませんか?

 

どうにかしたいのに、どうにもできなくて、もがいていませんか?

 

僕はそうでした。

 

そして、その気持ちを少しでも軽くしたくて、ただ必死に、僕はネット上に溢れる「ありとあらゆる情報」を飲み込んでは、それを病気や不安感に変えていったのでした。

 

だからわかるのです。どうしようにもどうにもできないその気持ちが。

 

そして、抜け出したくても抜け出せない、治したくても治らない、その状況が。

 

本当につらいですよね。

 

ただ、ひとつだけ言えます。

 

その症状には必ず原因があり、どうにかすることが出来ると。

(この言葉は、本当はお医者さまから言って欲しかった言葉ですがね・・・)

 

僕は、2015年5月に自律神経失調症を発症し、2016年4月にこの病気を克服しました。

 

克服までは、正直、かなりつらかったですし、絶望もしました。

 

もうずっとこのままなのかな?とも思いました。

 

けど、克服できたのです。

 

克服までいろいろありました。

 

いろんな情報を耳に目にしました。

 

いろんなことを試しました。

 

やって良かったことも、悪かったことももちろんありました。

 

僕がまだ、たくさんの症状に悩まされているとき、藁にもすがる気持ちで自分の病名を探していたとき、僕は『自律神経失調症を克服した人の情報』が欲しかった。

 

少しだけでいいから、希望とそこまでの道しるべが欲しかった。

 

全く初めてで真っ暗な道を、少しでもうまく歩きたかった。

 

その道しるべになればと、少しでもなればと、今、この記事を書いています。

 

僕は医療従事者ではありません。

 

この薬が良いよとか、こんな治療法があるよとか、責任のあることは言えません。

 

でもただ、医療従事者よりもずっと、ずっと自律神経失調症のつらさはわかっているつもりです。

 

だからこそ、その経験を、今、現在進行形で悩んでいるあなたへ、お伝えしたいと思っています。

 

過去の自分が知りたかった、あのとき、僕が探していた記事を、今、僕が書きたいと思います。

 

改めて言います。

 

僕は医療従事者ではありません。

 

ただ、あなたが少しでも、ほんの少しでも気持ちが楽になるように、僕の経験をここにつづります。

 

不安感じゃなく、安心感を与えられるような話を。

 

安心して読んでください。

 

だって、結末は『自律神経失調症の克服』なんですから。

 

 

自律神経失調症関連の記事も多数書いております。お時間のある方は是非覗いていってくださいね。

 

 

 

 

 

始まり

 

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それは仕事中に気づきました。

 

鼻をやたらとすするようになっていました。

 

そして、耳に少しの違和感を感じたのです。

 

それが僕の始まりでした。

 

「風邪かな?」

 

本当に小さな違和感でした。

 

これが後に大きく大きく膨らんでいくなんて、そのときは思ってもみませんでした。

 

2015年5月、僕は気づいていなかったけれど、僕の身体はもう、気づいていたのかもしれません。

 

 

気づき

 

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「なんだかおかしいな?」

 

気づいて、一週間ほど経ちました。

 

ただの風邪だと思っていたその症状は、一週間後もそのままでした。

 

「さすがに長引きすぎだな」

 

僕は、市販の風邪薬を飲み、その長引く風邪のような症状を不思議に思っていました。

 

でも不思議に思っていただけで、不安に思うなんてこと、そのときは全くありませんでした。

 

「さすがに病院にいってみるか」

 

その日の仕事の帰り、僕は、帰り道にある内科に、行ってみることにしたのです。

 

 

内科

 

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「なんか風邪っぽい症状が長引いていて・・・」

 

僕の訴えに対して、医者は、のどを見たり、目をみたり、聴診器をあてたり・・・

 

そして、ベッドに横たわって、おなかを押されたりしました。

 

そこで僕は初めて、これからどんどん膨らんでいく症状のひとつ『胃腸炎』の話を受けたのでした。

 

「風邪ですかね。あと、おなかが張ってますので消化にいいものを食べてくださいね」

 

診察を終え、風邪薬と整腸剤をもらい、僕の長い苦痛な日々の一歩が踏み出されたのでした。

 

 

治らない風邪

 

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それからというもの、毎日、処方された風邪薬と整腸剤を飲み、消化に良さそうなものを調べ、それを食べるように心がけました。

 

「風邪がなかなか治らないんですよ」

 

会社では、そのように言い、自分でもそのように思っていたのです。

 

これが2015年6月、僕がまだ、自分の不調の原因は『風邪』だと思っていた頃の話です。

 

そして、『風邪 長引く』だったり『胃腸炎 食べ物』だったり、病気について調べるようになったのは、この頃からでした。

 

「なんだかおかしいなぁ」

 

ただ漠然と、そのように考えていました。

 

でもこの頃は、不思議と不安感や焦りなんてものはなくって、

 

「季節の変わり目は調子悪くなるんですよ」

 

なんて話しながら、そのように自分に言い聞かせてもいました。

 

夜はなるべく早く寝て、規則正しい生活を心がけようと、そう思い始めました。

 

不摂生しがちだった僕は、そのツケが回ってきたのかも、なんて考えながら。

 

当時、社会人三年目、ワンルームマンションで一人暮らしだった僕は、かなりの自堕落生活だったものですからね。

 

「一人暮らしの風邪はなかなかつらいなぁ」

 

なんて、ひとりで勝手に思っていました。

 

そうこうしている内に、内科でもらった薬は、底をつきました。

 

 

二度目の内科

 

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「なかなかよくならないんですよ」

 

僕は、風邪のようなものが長引いていることを訴えました。

 

喉を見られ、目を見られ、聴診器を当てられる。

 

そして、前回と同じでベッドに仰向けになり、おなかを押したりされました。

 

「おなかの張りが強くなってますね」

 

そしてこのとき初めて、ある症状について聞かれました。

 

「吐き気はないですか?」

 

「いえ、そんなことはなかったと思いますが」

 

「疲れからくる胃腸炎かもしれませんね」

 

そのような問診があり、前回と同じ薬を貰い、二度目の内科は終わったのでした。

 

「自分の病名はなんなんだろう?」

 

「これで本当によくなるのだろうか?」

 

そんな不安を感じ始めたのは、この頃でした。

 

 

調子の悪い自分

 

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今までの人生で悪いところはあまりなく、体調に関してはなんの不自由もなく生きてきました。

 

その僕が、風邪と軽い胃腸炎という診断ではありますが、薬というものを飲み続けることになり、それが少し嫌でした。

 

健康のすばらしさは、悪くなって始めて気づきます。

 

僕は、調子が良くならない自分をかえりみては、『はやく良くなりたい』とばかり思うようになっていました。

 

不摂生していることが悪いのだと思い、当時、かなり熱中していたPCゲームを、少しお休みすることにしました。

 

そして、この頃から、小さな違和感として感じていた『耳の詰まり』、いわゆる『耳閉感』を徐々に感じ始めました。

 

この耳閉感というものがやっかいで、飛行機に乗ったときに感じる耳への違和感が、ずっと続く感じです。

 

この耳閉感は、徐々に徐々に強くなっていくのでした。

 

そして、この耳閉感とこの先ずっと付き合っていくなんて、この頃はまったく思っていませんでした。

 

僕はこうして、僕の自律神経失調症の主な症状のひとつであった『耳閉感』を、このタイミングで発症したのでした。

 

 

耳鼻科

 

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「耳が詰まった感じが2、3週間くらい続いているんです」

 

ネットで調べて、近くで一番評価の良かった耳鼻科にいってみました。

 

先生は、鼻の中、耳の中を見て、そしてレントゲンを撮るよう、看護師さんに指示しました。

 

レントゲンを撮った結果、僕は『軽い副鼻腔炎』と診断されたのです。

 

見せてもらったレントゲン写真の鼻の周りに、うっすらと影があったのを覚えています。

 

「最近、風邪をひきませんでしたか?」

 

とか

 

「鼻をすすってませんでしたか?」

 

とか聞かれ、その通りだったものですから、少し安心したのを覚えています。

 

その後、僕はネブライザーという、もくもくした煙みたいな薬剤を鼻から吸い込む治療をし、抗生物質と点鼻薬を処方されました。

 

こうして、僕は風邪と胃腸炎に加え、『副鼻腔炎』という病気を、またひとつ診断されたのでした。

 

 

調子の悪い日々

 

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「風邪は少しはいい気がしますが、胃腸炎と副鼻腔炎だって言われました」

 

会社では、そのように報告しました。

 

これも、僕が日に日に元気がなくなるのを見た上司が、気にかけてくれているからでした。

 

この頃、僕は、食後、内科でもらった薬と耳鼻科でもらった薬を、じゃらじゃらど口に放り込み、水で流し込むという、僕の中での『薬漬け』の日々に、嫌気が差し始めていました。

 

こんなに薬を常に飲んでいるという経験がなかったのに加え、毎日毎日、風邪のような症状と耳詰まりが続き、一向に良くなる傾向がみられなかったのも、イライラ感を助長させていました。

 

「いつになったらよくなるのだろう」

 

数えると、2015年6月の通院回数は、9回にもなっていました。

 

風邪の症状を感じ始めた頃から数えると、だいたい一か月が経過しようとしていました。

 

 

吐き気

 

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2015年7月を迎えました。

 

蝉も鳴きはじめ、世間は夏で、僕にはその活気が、正直うっとうしいと思えるまで、切羽詰まっていました。

 

最初はおなかが張っていただけの胃腸炎の症状は、吐き気を覚えるまでになり、食べ物をろくに食べられなくなりました。

 

内科の先生が言うように、消化のいいもの消化のいいものをと、自分の食べるものに制限を付け始めました。

 

内科では、もう良くなっているはずだと言われるも、症状があるため、薬は処方され続け、吐き気止めも飲むようになりました。

 

体重は少しづつ減少し始めました。

 

「ちゃんと薬を飲んでるのに、規則正しい生活をし始めたのに、なんで?」

 

誰に相談するわけでもなく、この湧き出てくる不安を、ただ自分で握りしめていました。

 

内科では、なんど通っても同じ対応で、同じ薬しか処方されませんでした。

 

内科へのいらだちは膨らみ続けました。

 

同時に、他の病気の可能性も頭に浮かんでしまい、最悪の事態まで想像してしまうようにもなりました。

 

ネットで、同じような症状の人のブログを探しては、なにかいい情報はないか、改善方法はないかと、調べることが日課になりました。

 

 

 

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耳閉感も、全く治る傾向はありませんでした。

 

耳鼻科では、副鼻腔炎はもう良くなっていると言われました。

 

「ならなんでこの耳の詰まりは治らないんですか?」

 

「わかりません」

 

いつもの薬だけを手に、なんの解決方法も得られないまま、病院を後にすることばかりでした。

 

わからないのなら、なぜわかるようにしないのか?

 

そのことにいらだちを覚えていました。

 

何回通ってからでしょうか?

 

10回は行ってないと思いますが、もうこの耳鼻科はだめだと思いました。

 

「他の先生の意見も聞こう」

 

そう思い、いつもとは違う耳鼻科に行ってみました。

 

 

セカンドオピニオン

 

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耳鼻科で4件、内科で3件、藁にもすがる思いで、通いました。

 

「もう二か月くらい症状が続いてるんです」

 

「薬を飲み続けても、一向に良くならないのです」

 

「検査をしても、原因がわからないんです」

 

必死に、医者が判断できるような情報と自分の症状を伝えました。

 

でも、結果はどこでも同じ、同じような薬をもらって、同じような話をされるだけでした。

 

「もうこの症状は、自分でどうにかするしかないのだろうか?」

 

そのようにも思うようになりました。

 

そのような思いから、自分で自分の病気について調べ、「なにか重大な病気にかかっているのではないか?」なんて考えるようになったのです。

 

 

病は気から

 

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この言葉、よく聞きますよね。

 

この頃の僕は、まさにそのような状況にあったと思います。

 

「どの医者も信用できない」

 

そんな思いからか、病院はとりあえず薬をもらう場所に変わっていました。

 

今だから言えることですが、僕が最初に病院に行ってなければ、この病気はここまで悪化してなかっただろうと強く思います。

 

「病は気から」

 

医者が病名さえわからないものですから、自分で自分の症状から、その病名を探しました。

 

ネットで、自分の症状を打ち込み、病名と付け加えると、様々な可能性が浮かび上がります。

 

もちろん、軽いものから重いものまで。

 

そのひとつひとつをじっくり見つめては、今の自分とくらべていました。

 

よく出てくる記事は、こんなのでした。

 

『大丈夫?あなたのその症状!その裏に隠された病名とは?』

 

みたいな。

 

なんで自分の症状を調べるのか?

 

僕は「大丈夫だ」って言ってほしかったのです。

 

けど、ネット上にあるのは、重篤な病気を僕にインプットする記事ばかりでした。

 

「自分は大丈夫だ」

 

そうは思ってはいましたが、心の奥底では、少しづつ少しづつ、それを自分の病気に変えていったのでした。

 

 

相談できなかった僕

 

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僕には彼女がいました。

 

遠距離恋愛でした。

 

普段はメールでやりとりしています。

 

僕の不調が、あまり伝わらないように、心がけました。

 

「心配をかけたくない」

 

その一心でした。

 

僕は、相談できませんでした。

 

彼女が遊びに来ても、気づかれないように気づかれないように、気丈にふるまいました。

 

今考えると、なんで相談しなかったのだろう?と思います。

 

けど当時は、なんの病気かもわからない、薬を飲んでもよくならない、そんな状況でしたので、相談できなかったのです。

 

家族にもそうでした。

 

心配かけたくない、ただそれだけの気持ちで、自分の状態を隠していました。

 

自分の中でどうにか解決しようと、そう思っていました。

 

けど、今思えば、自分だけじゃどうすることもできなかったのです。

 

 

頭痛

 

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この頃、僕にまたひとつの症状が出始めました。

 

「頭の右側だけ痛い」

 

不安に思いながらも、治るだろうと勝手に思っていました。

 

その思いも裏腹に、びりびりとした頭の痛みはやむことなく、少しづつ悪化しているようでした。

 

右の頭をさすることがクセになりました。

 

これまでの症状に加え、頭が痛いとなると、不安にならざるをえません。

 

掌で右側をさすっては、同じ症状の人をネットで探しました。

 

ただ、調べても調べても、自分の頭痛の原因がわかるわけではありません。

 

日に日に、不安は増していくのでした。

 

そんな不安を抱いている中、父が、田舎から、こちらに遊びに来ることがありました。

 

ごはんもあまり食べられず、痩せ、つらそうにしている僕を見た父は、僕を心配してくれました。

 

「胃腸炎とかになったんだ」

 

そう言いながら、ポロっと、頭も痛いことを話すと、

 

「検査してもらえ」

 

と、そう言ったのでした。

 

頭の検査って、怖くないですか?

 

なんか、テレビとかでも検査してたら腫瘍が見つかったなんて話、よくありますよね。

 

心配性の僕は、検査したらなにか見つかるんじゃないか?

 

そもそもこんな症状で検査してもいいのだろうか?

 

なんてこと、考えていた僕にとって、父がそういうなら、と、背中を押された気分になりました。

 

「お母さんにはあんま言わんとってね」

 

「わかった」

 

父が帰ったあと、近くの脳神経外科を探してみました。

 

電話をして、事情を話すと、MRIの予約をとることができました。

 

正直、すっきりしたような、心配なような、そんな心持ちでした。

 

 

初めてのMRI

 

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MRI当日、少し予約時間より早めに病院につきました。

 

前日は、MRIの中に長時間入ってなければならないことを思うと、憂鬱な気持ちでしたが、当日はどちらかというと早く検査をしてしまいたいという気持ちでした。

 

早い時間に予約を入れたため、病院の前には行列ができていました。

 

おじいさんおばあさんの列にまぎれ、最後尾に、静かに並びました。

 

あとは不安と闘いながら、自分の時間を待ちました。

 

それから一時間くらいたったでしょうか?

 

僕の名前が呼ばれ、専用の服に着替えるように、うながされました。

 

MRIの部屋は、少し薄暗く、部屋の真ん中にMRIがどんと鎮座していました。

 

その大きな機械に、頭部を固定された僕は、静かにその機械の中に吸い込まれていきました。

 

ザッザッザッという、定期的にテンポの変わる音の中、僕はMRIの中で真上を向いていました。

 

寝てはいないのですが、ただ一点を見つめていました。

 

思ってたより、不思議と不快感はなく、ただぼーっとすることができました。

 

4、50分、中にいたでしょうか?

 

僕の体が、自動的に外の世界へ呼び起されました。

 

「気分は大丈夫ですか?」

 

「服を着替えて、しばらくお待ちくださいね」

 

少しぼーっとした気分の中、服を着替えると、待合室に戻りました。

 

僕のひとつ前にMRI室にいたおばあちゃんはまだ、結果待ちをしているようでした。

 

「もうしばらく待ちそうだなぁ」

 

そんな気分で、備え付けの雑誌に手を伸ばしました。

 

それからしばらく待って、僕の名前が再び呼ばれたのでした。

 

 

MRIの結果

 

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不安な気持ちをギュッと抑え、僕は診察室に入りました。

 

と、僕が椅子に座り、お医者さんと面と向かうその前、診察室に入ってすぐに言われました。

 

「うらやましいほどきれいな脳をしていますよ」

 

先生はそうおっしゃってくれました。

 

並べられたたくさんのMRI画像、僕ははじめての自分の脳をまじまじと見ましたが、どのようにきれいなのかはさっぱりわかりませんでした。

 

おそらく輪切りにされた僕の脳を、先生は指差しました。

 

「なんの問題もなかったよ」

 

とフランクに話しかけてくれたことに、かなりの安心感を感じたことを覚えています。

 

良かったと、胸をなでおろす僕に、先生はニコニコしながら話を続けました。

 

「もしあるとすればこれかなぁ?」

 

と、僕の肩をもみ、

 

「でも、そこまで凝ってないな」

 

とおっしゃっていました。

 

「お世話になりました」

 

そう言い、診察室を出ると、なんだかさらにホッとしました。

 

会計をすませました。

 

結構、お金かかりました。

 

薬は処方されず、「肩こりの塗薬を買って、首筋とか右の頭にぬるといい」という先生のアドバイスに従って、帰りにドラッグストアでバンテリンのようなものを購入しました。

 

その日は、いつもよりグッスリ寝ることができました。

 

 

膨らみだした症状

 

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2019年8月はじめ、僕の病気は、大きく膨らみだしていました。

 

ものを食べられない、食べても吐いてしまうのです。

 

73kgくらいあった体重は、63kgくらいになっていました。

 

耳の詰まりは悪化し、眠っているとき以外は、常にその症状に悩まされ続けました。

 

頭痛は悪化はしていないものの、改善はされていませんでした。

 

動悸がして、不安感が増しました。

 

特に、昼寝をしたりしたら、心臓がバクバクいって、ハッと目が覚めることが増えました。

 

疲れが抜けなくて、「疲れた」が口癖になりました。

 

唾液が極端に増えたり、極端に口が乾いたりするようになりました。

 

のどに何かつっかえがあるみたいに、呼吸がしにくくなりました。

 

不安な気持ちが増しました。

 

とにかく夜が長く、時間の経過が遅いと感じるようになりました。

 

普段は緊張しないところで緊張するようになりました。

 

リフレッシュしようと思っても、好きだった趣味にも手が出なくなり、なにもかも億劫になりました。

 

この頃の僕は、昔の僕が、健康だった頃の僕が、どんな風だったのかも忘れかけていました。

 

それほど急に、どんどんどんどん、悪いところだけが増えていきました。

 

 

この頃の自分

 

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この頃の自分は、この病気を治すために、少しでもいいと思われることは何にでも手を出しました。

 

余談だけど、病気になって、宗教とか、科学的に根拠のない治療法とか、オカルトの類とか、そんなものに手を出してしまう人の気持ちが、わかったような気がしました。

 

気分転というより、気分が落ち着かずそわそわするから、散歩をするようになりました。

 

なんとなくだけど、すれ違う人にはなるだけ挨拶をしようとも心がけました。

 

散歩する公園には、たくさんの木々があり、その木に触っては、なんだか力がもらえた気がしました。

 

マッサージや整体にも通ってみました。

 

食べ物も変えてみました。

 

というよりは、変えざるを得ませんでした。

 

間食をしなくなりました。

 

カフェインをとらなくなりました。

 

健康にいいものを取ろうと思いましたが、あまりものを食べなくなりました。

 

寝具を変えてみました。少しでも眠れるように。

 

とにかく、なんでもやってみました。

 

仕事は休みがちになりました。

 

吐き気がひどくて、仕事どころではなかったのです。

 

会社の食堂では食べ物に悩み、小サイズのかけうどんを頼んでは、残したりしていました。

 

お昼がウィダーインゼリーだけのときもありました。

 

会社では心配されました。

 

ただ、胃炎であると、そう言っていました。

 

この頃の自分は、遅すぎる時間の流れに、ただじっと耐えていました。

 

 

 

内科での出来事

 

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内科に通い続け、二か月くらい経ちました。

 

目的はもう、吐き気止めをもらうことだけになっていました。

 

いつも通りの診察、いつも通りのやりとり、いつも通りの会計を予想していたのですが、少しだけ、僕から聞いてみたのです。

 

「この症状って、実際どんな病気なんでしょうか?」

 

二か月も同じ症状が続き、気が滅入っていた僕は、そう聞いてみたのです。

 

そして、ネットで症状を調べて、自分に近かった症状の人が患っていた病気のことについても聞いてみました。

 

「僕の症状って、自律神経失調症なのではないでしょうか?」

 

内科の先生は、「そうかもしれません」と。

 

自分からアクションを起こさないと、治療に変化が起きなかったことに少し腹が立ちましたが、これまでずっと同じままだった薬に、新入りがひとつ追加されました。

 

その薬は「トフィス」というものでした。

 

薬剤師の方からの説明では、気分を落ち着かせる薬と聞きました。

 

正直なところ、これまでまったくと言って変化のなかった治療や薬に、変化が少しでも出たのがうれしかった。

 

それほどに、効果が全くないでない薬を、これでもかと飲んでいる状況は、僕の中でつらいことでした。

 

「これで、僕の病気はよくなるんだ」

 

そんな希望を少しだけ持ったのでした。

 

 

トフィスを飲んだ三日間

 

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2015年8月の一週目、僕はトフィスという薬を飲み始めました。

 

小さな薬を一日三錠です。

 

「三日後にまた来てください」

 

そのように内科で言われていたので、それまでにはなにかしらの変化が起こるものだと思っていました。

 

ただ、一日三錠、忘れずに飲んでも、不安は改装されないし、病気が好転することはありませんでした。

 

がっかりしました。

 

治療法の変化に期待していた僕にとって、効果がなかったことに対する失望は、かなり大きなものでした。

 

 

三日後の内科

 

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「薬はどうでしたか?効果はありそうでしたか?」

 

僕は正直に、効果は感じられなかったことを話しました。

 

「そうですか」

 

落ち込んでいた僕を見て、先生はこう言いました。

 

「テストをしてみます」と。

 

いわゆるよくある「鬱」のテストでした。

 

「仕事はきついですか?」とか

 

「不安感を覚えることはありますか?」とか。

 

よくあるストレスチェックのような項目に、答えていきました。

 

僕は今の状況を踏まえ、そのテストに正直に答えました。

 

そして、最後の質問、僕はよく覚えています。

 

「死にたくなることはありますか?」と。

 

僕は、それだけは「いいえ」と答えました。

 

テスト結果を、まじまじと見つめる内科の先生。

 

「鬱の傾向がありますね・・・」

 

そのように診断されてしまいました。

 

もう、本当に切羽詰まっていた僕は、「鬱でもなんでもいいから、この症状が少しでも収まってくれればそれでいい」

 

そのように思っていました。

 

三日飲んだトフィスは、それでおしまいになりました。

 

そして、新たに「レクサプロ」という薬を処方されました。

 

でも、もう、その薬に期待をするとか、希望を持つとか、そういうことは全くありませんでした。

 

正直、その頃はもう、医者を信頼していませんでした。

 

 

胃カメラ

 

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そしてもうひとつ。

 

とうとう、胃カメラをとることになりました。

 

正直、さっさと検査してほしかったのですが、「若いから」といって、とらなくていいと言われていたのです。

 

四日後の土曜日に、予約をとりました。

 

胃カメラ前日は夜九時までに食事を済ませること。

 

当日の朝は食べずにくること。

 

たばこはひかえること。

 

そんな注意を受けました。

 

心配していた他の病気があるかないかがわかるということで、少しうれしい気持ちもありましたが、どちらかというと怖いという気持ちの方が大きかったです。

 

 

最後の耳鼻科

 

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いつも通り、耳鼻科に行きました。

 

いつもと全く変わらない診察方法。

 

それが普通でした。

 

耳の詰まりが全く改善していない中だったので、改善に役に立つかもと、内科でこれまであった話を改めて相談してみることにしました。

 

「自律神経失調症かもしれないという診断をうけました」

 

「そうですか。大変だったですね」

 

それだけで、診察も変わりなければ処方も変わらない。

 

何もなかったかのように流されました。

 

それ以降、その耳鼻科に通うのはやめました。

 

 

レクサプロ

 

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薬が新しくなりました。

 

この薬がどんな薬であれ、僕の症状が少しでも軽くなればそれでいいと思っていました。

 

一日目、言われたとおりにレクサプロを飲みました。

 

特になにかいいこともなければ、悪いこともなく、症状に変化もありませんでした。

 

いつものように、この薬についていろいろ調べてみました。

 

効果やその仕組み、そして副作用まで。

 

効果が出るまで、二週間くらい必要ということでした。

 

今すぐにでも症状をどうにかしたかった僕にとって、それはあまり嬉しい情報ではありませんでした。

 

二日目の夜、明らかにおかしな症状になりました。

 

副作用に吐き気があることは知っていたのですが、その吐き気がかなり強く出たこと。

 

そして、いてもたってもいられないくらい、気持ちが高ぶっておさえられなくなったこと。

 

特に後者はひどく、翌朝から内科へかかりました。

 

そのときの僕の症状はかなりひどかったみたいで、待ち時間にはベッドで横にならせてもらったほどでした。

 

「セロトニン症候群という副作用かもしれません」

 

そう言われました。

 

レクサプロは飲むのをやめることになりました。

 

「レクサプロと同じような薬がありますけど、それを処方しましょうか?」

 

そう言われましたが、お断りしました。

 

「では、薬どうしましょうかね?」

 

僕はこのとき、ここに通院を続けても、この病気は絶対に治らないと確信しました。

 

 

胃カメラ前日

 

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胃カメラをとる前の日、この日の夜はずいぶんと長く感じました。

 

スマートフォンを片手に、なにも考えずにフェイスブックを見ていました。

 

そこである広告に目が付きました。

 

漫画の広告だったと思います。

 

主人公は家族の前で泣いていました。

 

ごめんと家族に謝りました。

 

そして「癌になったんだ」

 

そう、家族に告げていました。

 

家族も泣いていました。

 

奇しくも僕と同じ齢の主人公。

 

「あぁ自分もこうなるのかな?」

 

これまでのどの日よりも長い夜でした。

 

 

胃カメラ当日

 

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この日は、胃カメラをとるために、胃腸専門の病院へ行きました。

 

内科の先生の紹介状を持って。

 

不安でたまらないかと思ったけど、意外とそうでもありませんでした。

 

初めての胃カメラという不安はありましたが。

 

病院につくと、すでに多くの人が来ていて、胃カメラとる人って意外と多いんだななんて思っていました。

 

看護師さんに呼ばれ、いくつか質問などを受けました。

 

麻酔で眠りながら胃カメラをとる方法と、意識があるままとる方法があると聞き、車に乗って帰ることを言うと、意識あるままになりました。

 

そして、ピロリ菌検査をするかどうかを問われ、検査をすることになりました。

 

しばらくすると、部屋に呼ばれ、ベッドに座るよう言われました。

 

そのまま、のどの麻酔のためうがい薬のようなものを使いました。

 

何度かうがいすると、のどの奥がしびれたような感覚になり、少し気持ち悪くなりました。

 

ベッドに右向きで横になると、先生がきました。

 

そのまま、ボールペンより少し太くて、ホースより細い、そんな管を、僕の口に挿入しました。

 

長かった。

 

本当に長かったです。

 

のど元を通過したカメラを異物ととらえた僕の体は、必死にそれを外に出そうとしていました。

 

看護師さんが手を握ってくれて、それがどれだけありがたかったか。

 

うすい意識の中、眠りながら胃カメラをとるようにしなかったことを後悔しました。

 

そして、うすい意識の中で、僕が普段感じていた吐き気なんて、たいしたことないんだと、うっすらと思ったのでした。

 

何分経ったのでしょうか、僕を苦しめに苦しめた細めの管は、僕の体からとりだされたのでした。

 

ベッドのまま、休憩室のような、静かな部屋へ移動されました。

 

麻酔で寝ている人がほとんどでした。

 

前日、あまり寝れなかった僕は、そこで寝ようかとも思いましたが、眠れませんでした。

 

「いい結果であるといいな」

 

そう思いながら、天井を見つめていました。

 

 

胃カメラの結果

 

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どれくらい天井を見つめていたでしょうか。

 

スマートフォンなどは、胃カメラを受ける前に預かってもらう仕組みでしたので、かなり暇でした。

 

そして、暇だと思えるほど、そんなに不安や緊張のない自分に、少し違和感を覚えました。

 

むしろ、落ち着いていたといってもいいくらいに。

 

そんな暇な時間も終わり、とうとう僕は、別の部屋へ呼ばれました。

 

「問題なかったです」

 

たくさんの画像を見せられながら、問題がなかった旨を説明されました。

 

「胃炎だと言われていたのですが・・・?」

 

「それも全くありません。健康な胃です」

 

「それと、ピロリ菌も見られませんでした」

 

二か月くらい、僕を苦しめていたものは、胃炎ではないことがわかりました。

 

帰りに、アコファイドという薬と、お守り代わりの診断書を手に、家に帰りました。

 

思ったよりも淡々と、自分が想像していたつらい結果となることなく、その日を終えました。

 

少しだけ安心しましたが、やっぱりまだ吐き気は治っていませんでした。

 

 

心療内科の予約

 

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通っていた内科も、耳鼻科も、もう頼りにできないことは、僕が一番わかっていました。

 

僕は、ここで、本当に良い選択をしたと、今でも思います。

 

心療内科に行くことに決めました。

 

今まで、いろんな科に行ったことはありますが、心療内科は初めてでした。

 

近場で、何件かの心療内科をピックアップして、電話をかけてみました。

 

その中で一件、はやめに予約がとれたので、二週間後、そこに行くことになりました。

 

胃カメラの調子もよかったこともあり、今度こそは、なんだかうまくいくような気がしていました。

 

 

最後の内科

 

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胃カメラの結果をもって、いつも通っている内科に行きました。

 

そこで、心療内科を予約したことを告げました。

 

先生は、紹介状を書いてくれました。

 

それが僕にとって、本当に長かった、内科通院の最後の日となりました。

 

 

お盆

 

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2015年8月、お盆が来ました。

 

僕は、約3か月ぶりに、地元へ帰省しました。

 

帰る前、正直僕は、痩せてやつれているところを見せたくなかったので、帰らないつもりでしたが、帰ってこいとのことでしたので、帰ることにしました。

 

最寄りの駅まで、新幹線で。

 

駅のロータリーで、迎えの車を待ちました。

 

「誰かと思った」

 

迎えに来た弟に、そう言われました。

 

それもそのはずです。10kg以上も痩せたのですから。

 

車に乗り込み、地元への道。

 

なんだか、本当に久しぶりな気がしました。

 

この数か月が長すぎて、そのように感じたのだと思います。

 

そんなに久しぶりに帰ったわけではないのに、懐かしく、温かい、そのようにも感じました。

 

夕方頃、家に帰り着くと、家族が待っていました。

 

久しぶりの家族との夕食。

 

そのときも吐き気が続いていた僕は、量を少なくして欲しいことを母に伝えました。

 

少なくはなったものの、一人前の食事。

 

このような食事を目の前にするのは久しぶりでした。

 

「こんなに食べきらんかも」

 

そのように言う僕に対して、母はそれくらい食べれるやろと。

 

恐る恐る、一口づつゆっくり口に運びました。

 

「おいしい」

 

そうだろと笑う母、家族みんな笑っていました。

 

そのとき、僕は久しぶりに、本当に久しぶりに、まともなごはんを食べることができたのでした。

 

もちろん吐き気止めは飲んではいましたが。

 

食後、愛犬のお墓に参りました。

 

8か月前に死んだばかりでした。

 

地元の空は真っ暗で、本当に静かで、久しぶりに少し穏やかになれた気がしました。

 

静かだからかわからないけれど、耳の違和感は、少しだけ落ち着いたように感じました。

 

その日は、よく眠れました。

 

 

実家

 

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実家での生活は、短いながら、そのときの僕に活気を与えてくれました。

 

無気力だった僕は、この病気をどうにかしようという気力をもらいました。

 

実家を後にするときに、これから心療内科に通うことを打ち明けました。

 

「きっとよくなるよ」

 

と、僕は、どんな言葉よりも安心する、一番言ってほしかった言葉をかけてもらいました。

 

この帰省で、病気が治ったわけではないけれど、病気が治り始めるスタート地点に立てた気がしました。

 

 

初めての心療内科

 

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2015年8月の後半、心療内科を予約した日になりました。

 

内科に最後に行ってから、二週間くらい経っていましたので、かなり久しぶりの病院です。

 

ギラギラの太陽の中、僕は歩いて病院へ行きました。

 

エレベーターで三階のボタンを押し、僕は、これから数か月お世話になる、本当にお世話になる病院の扉を、はじめて開けました。

 

そこは、そんなに広くなく、少しだけ暗くて、漫画が壁にたくさん置いてある部屋でした。

 

そこには様々な人がいました。

 

明らかに普通のサラリーマン。

 

漫画を読んでいる子ども。

 

少し太ったおばさん。

 

ヘッドフォンで音楽を聴いている若い女の子。

 

本当に普通の人たちという印象でした。

 

ただほんの少しだけ、もやっとした空気を感じたのは、そのときの僕がそういう気分だったからかもしれません。

 

僕は、空いているソファーに、静かに座りました。

 

どれくらい経ったでしょう。

 

しばらく待ちました。

 

一時間くらいかな?

 

僕の名前が呼ばれ、部屋へ案内されました。

 

 

初めてのカウンセリング

 

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その部屋には、50代くらいの女性がいました。

 

眼鏡をかけ、その目はとてもやさしかったことをよく覚えています。

 

椅子に座るよう促され、こんにちははじめましてとあいさつされました。

 

「はじめまして。よろしくお願いします。」

 

僕の初めてのカウンセリングがはじまりました。

 

カウンセリングの先生は、優しい口調で、僕にいろんなことを聞きました。

 

まず、年齢や自分自身のこと。

 

家族や彼女のこと。

 

ひとりひとりについて詳しく話しました。

 

そして、自分がどんな子どもだったのか。

 

趣味や仕事のこと。

 

どんなスポーツをしてきたか。

 

覚えられないほどたくさんのことを尋ねられ、そしてたくさんのことを返しました。

 

そして、最近のこと。

 

つらいことはないかと。

 

僕は三つのことをメインに話しました。

 

話したというよりは、こみ上げてきたと言ったほうが適切かもしれません。

 

まずは、数か月前に死んだ愛犬のこと。

 

そして、仕事のこと。

 

そして、病気が全然治らないこと。

 

この段階になると、もう質問に答えているのではなく、僕の話を聞いてもらうといった状態でした。

 

どれくらい時間がたったのかわかりません。

 

気が付くと、自分は泣いていて、カウンセリングの先生はうんうんと、心の底から自分の話を聞いてくれました。

 

カウンセリングの先生の前に置かれたカルテには、真っ白な頃が思い出せないほどに、たくさんの字が書いてありました。

 

 

受診

 

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カウンセリングを終え、しばらく待った後、僕は診察室へ呼ばれました。

 

先に書いておきます。

 

先生は、こんなに時間を割いて大丈夫かというくらい、僕の話を聞き、そして問い返してくれました。

 

診察室に入ると、60代くらいのおじちゃん先生がいました。

 

先生はさっき、カウンセリングの先生が書いたカルテをまじまじと見ていました。

 

先生の机の上にはたくさんの本とパソコン、そして背面の棚にも本がたくさん置いてありました。

 

「よろしくお願いします」

 

そう言って、椅子に座りました。

 

このとき、なんでかわかりませんが、病気が治るような気がして、期待したことを覚えています。

 

カルテをみながら、

 

「どういう症状がありますか?」と。

 

「吐き気が強いです」

 

「不安感があります」

 

「耳が詰まります」

 

と、そのときの症状をすべて、先生に伝えました。

 

先生は、うんうんと、それにうなずいていました。

 

「いつ頃からこの症状はありますか?」

 

「二か月ほど前からです」

 

ある程度、症状についての話があって、その後はカウンセリングの先生とした内容について聞かれました。

 

犬のこと。

 

仕事のこと。

 

そして、病気が治らないこと。

 

家族のこと。

 

彼女のこと。

 

たくさんのことを聞かれ、そしてたくさんのことを返しました。

 

ここには書ききれないほどたくさんのことを話しました。

 

その中で、最も印象に残っている話だけを、ここに書きます。

 

僕は聞かれました。

 

「病気について、誰かに話しましたか?」と。

 

「あまり詳しくは話してないです」

 

そう僕は答えました。

 

そして聞き返されました。

 

「なぜ話さなかったのですか?」と。

 

「心配かけると思って」

 

そしてまた聞き返されました。

 

「心配かけてはだめなのですか?」と。

 

僕はハッとしました。

 

なんで、相談しなかったのだろうと、そのとき思いました。

 

病気のつらさは、すべて自分でしまいこんでいました。

 

人に頼っていいんだと、そのとき思い出しました。

 

「まわりに頼れない人ばかりなのですか?」

 

そのとき、「とんでもない、僕のまわりには頼れる人ばかりだ」と、心の中でそう思いました。

 

そして、先生は、彼女に話してみるようにと、そうアドバイスしてくれました。

 

病院では病気のことばかり考えていた僕。

 

はじめて病院で病気以外のことを考えることができた気がしました。

 

診察室を出た後、僕は心がかなり軽くなっているように感じていました。

 

 

その後

 

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先生は、このように言っていました。

 

「いままでいろいろ診察や検査をしてきて、問題なかったということですね。調べてきてくれてありがとう。あと血液検査だけしよう。」

 

そのため、診察室を出た後、血液検査をすることになりました。

 

看護師さんが血液検査の準備を、僕は横でそわそわしていました。

 

実は、注射、苦手なのです。

 

そのことを伝えると、看護師さんは、僕をベッドに横たわらせ、そこで血液検査をしました。

 

看護師さん、かなりやさしかったです。

 

無事に血液検査を終え、体重をはかり、僕の初めての心療内科の受診は終わりました。

 

 

その日の夜

 

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「今日、病院行ってきた」

 

彼女にそう電話で伝えました。

 

心療内科はこんなところだったとか、こんなこと聞かれたとか、多分、どうでもいいようなことばかり。

 

でも彼女は聞いてくれました。

 

自分の中で抱え込んでいた体調や病気のことも話しました。

 

別に隠していたつもりもないのですが、「なんで相談しなかったのだろう」、そのようにあらためて思いました。

 

「病気よくなるかな?」

 

なんとなくそう、彼女に聞いてみました。

 

「きっとよくなるよ」

 

なんだか、救われた気になりました。

 

そして同時に、「どうにかするぞ」という気力も、沸いたのでした。

 

 

二度目の心療内科

 

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初めての受信から三日後、僕は、二度目の心療内科を訪れました。

 

「人多いな」

 

今日は平日の仕事終わり。

 

僕と同じような境遇の人が多いようでした。

 

多くの人は備え付けてある漫画を読んだり、音楽を聴いたりして、待ち時間を過ごしているようでした。

 

僕も、その待ち時間を、漫画を読んで過ごしました。

 

そんなに広くない待合室は、人で埋まっていました。

 

「意外と受診する人多いんだな」

 

漫画を読みながら、すこしキョロキョロして、周りの様子を見ていました。

 

それから一時間以上待って、ようやく、僕の名前が呼ばれました。

 

漫画を四冊くらい読み終えた頃でした。

 

三日ぶりの診察室。

 

前回と同じ格好で、先生が待っていました。

 

「彼女には話した?」

 

「はい。しっかり聞いてもらいました」

 

「それはよかったですね」

 

そんな会話から、また、先生との会話が始まりました。

 

今回も、前回とまではいきませんが、ゆっくりとしたスピードで、長い時間お話をしました。

 

「体調はどうですか?」

 

「まだあまりよくないです」

 

「これからよくしていきましょうね」

 

そして、血液検査の結果の説明を受けました。

 

おそらく水の飲みすぎで、イオン濃度が少し低い以外は、問題なしでした。

 

その後、改めて、僕の症状について尋ねられました。

 

「一番つらい症状はなんですか?」

 

「吐き気がつらいです」

 

「ほかは?」

 

「耳が詰まることと、あとは不安感が強いです」

 

「そうですか」

 

そういう会話をじっくりとして、ここには書ききれないほど、様々な症状がつらいことを伝えました。

 

先生は、ゆっくり頷きながら、その内容をカルテに書き込んでいました。

 

 

処方された薬

 

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「今回は二種類の薬を出してみますね」

 

僕は、ドグマチールとセニランという薬を処方されました。

 

「これを食後に、一日三回」

 

これまで、なんかごちゃごちゃ飲んでいた薬が二錠になりました。

 

「先生、前に内科でもらっていた吐き気止めは飲んでいいのですか?」

 

「なくなるまで飲んでいいよ」

 

「なくなったら処方してもらえるのですか?」

 

吐き気止めがないととんでもない状態になっていため、それは死活問題でした。

 

「必要だったら出すよ」

 

そんな会話を最初にして、薬についての説明を受けました。

 

かなり丁寧に教えてくれましたが、副作用とかについては深くは聞きませんでした。

 

先生を信じて、何も考えずに薬を飲んでみよう。

 

そんな気になっていたことを、よく覚えています。

 

「一週間後にどうだったか教えてね」

 

そうして、僕の二度目の診察は終わりました。

 

 

体重測定

 

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診察室を出ると、こちらへどうぞと、看護師さんに部屋に誘導されました。

 

この間、血液検査をした部屋です。

 

「体重はかりますね」

 

体重計に乗ると、相変わらず63kg。

 

「体重減り続けてるんです」

 

と看護師さんに話しました。

 

「元に戻るといいですね」

 

「でもせっかく痩せたから、ほどほどに戻します」

 

そう言うと、看護師さんは笑っていました。

 

体重測定が終わると、処方箋を受け取り、一つ上の階、四階にある薬局に向かいました。

 

 

四階の薬局

 

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「お願いします」

 

処方箋を薬剤師さんに渡しました。

 

「しばらくお待ちくださいね」

 

感じのいい、おじいさん薬剤師さんでした。

 

僕より先に来ていた患者さんに、テキパキと薬が渡っていきます。

 

普段、聞かないような名前の薬の名前ばかりでしたので、なんだか心療内科に来たのだなという実感が沸いていました。

 

僕の番になり、さっき説明を受けた薬たちを、受け取りました。

 

初めてだからか、少しだけ詳しい薬の話をおじいちゃん薬剤師さんから聞きました。

 

「人、多かったでしょ?」

 

「はい、いつもこんなに多いのですか?」

 

「多い日は本当に多いよ。かなり待ったでしょ」

 

「はい、退屈でした」

 

そんなたわいもない会話をし、心療内科に関係している人は、本当に優しいのだなということを実感していました。

 

 

初めての薬

 

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家に帰って、あいかわらず味気のない晩御飯をとりました。

 

ヨーグルトとか。

 

食前には、もちろん吐き気止めのアコファイドは服用していました。

 

相変わらず。吐き気はあったし、耳は詰まるし。

 

けど、不安感は少し薄れたような薄れてないような。

 

そんな感じでした。

 

食後に、今日もらったドグマチールとセニランを各一錠づつ飲みました。

 

前に比べたら、この二錠という薬の量は、とても少なく感じました。

 

期待と不安半々で、でもその薬がどんなものであるのかとか、副作用がどうだとかは、調べずにいました。

 

それが、今の僕には必要なことだとも思っていました。

 

今日ははやめに休むことにして、ベッドの上で天井を見つめました。

 

いつの間にか、眠っていました。

 

 

 

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朝、目覚めました。

 

夜は長くて、早く過ぎて欲しいという一心でいた日々を過ごしてきた僕にとって、寝落ちしてそのまま朝なんて、本当に久しぶりでした。

 

それがたまたまなのか、薬のおかげなのか、はたまた病院に行ったおかげなのかは、わかりませんでした。

 

ただ、一日目からなにかが変わったのは確かでした。

 

その日は、いつもより軽い気持ちで会社に行くことができました。

 

この感覚は、勘違いなんかじゃなくて、今後もそのまま、いうなればもっと良くなっていくことを、このときはまだ知りませんでした。

 

 

その日から

 

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その日の夜も、次の日の夜も、なんだかよく眠れました。

 

薬の効果かどうかは、調べてないからわからないけれど。

 

時間の経過が早くなったというか、不安な時間が短くなったというか、そんな感覚。

 

この薬を飲み始めた頃、僕が一番感じたこと、それは、元の自分に戻りつつあるという感覚でした。

 

ご飯もなんだか食べれる気がしてきました。

 

日課にしようとしてしていなかった散歩も、毎日続けるようにしました。

 

無気力だった僕は、気力を少し取り戻した、そんな感覚でした。

 

 

三度目の心療内科

 

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薬を飲み始めて四日目、僕は、また心療内科に行きました。

 

この日はなぜか病院は空いていて、かなり早く僕の名前が呼ばれました。

 

「具合はどうですか?」

 

「自分でもびっくりしているのですが、調子がいいです」

 

「それはよかった。薬があっていたのかもしれませんね。」

 

そんな会話から始まり、取り留めのない会話なんかもしました。

 

彼女とちゃんと話しているか?なんてことも聞かれて、ちゃんと話していますよと返しました。

 

そして、当時、喫煙者だった僕は、たばこを吸いますかと聞かれ、「はい」と答えると、「やめたら?」なんて笑って言われました。

 

「薬は二週間分同じのを出しときます。また二週間後にきてね」

 

僕は、前回と同じように、処方箋をもらうと、四回の薬局へ、そして同じ薬を二週間分もらいました。

 

薬代は2000円くらいか、それより安いかくらいの価格だったように思います。

 

三度目の心療内科は、僕がケロッとしていたからか、意外と早く終わりました。

 

 

変わった生活

 

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薬を飲み始めて、生活が大きく変わりました。

 

変わったというよりは、元に戻ったというか。

 

ご飯を食べれる気がしだして、少しづつ食べるようになりました。

 

吐き気止めは、あまり飲まなくてもいいようになりました。

 

不安感がなくなりました。

 

そわそわしなくなりました。

 

夜が短くなりました。

 

変な緊張をしなくなりました。

 

体調を徐々に悪化させていた自分。

 

あの頃の僕に、はやくこのことを教えてあげたかったと、そのように思いました。

 

 

四度目の心療内科

 

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「調子はいかがですか?」

 

いつも同じ会話から始まります。

 

「かなり調子がいいです」

 

「それはよかった」

 

先生は、いつもゆっくりとした口調で、やさしく話しかけます。

 

2019年9月の初め、前の受診から二週間が経過していました。

 

ご飯が食べれるようになったこと。

 

吐き気止めも飲んでないことを伝えると、喜んでくれました。

 

「調子の悪いところはないですか?」

 

「あと耳の詰まりが気になるくらいです」

 

客観的に見て、僕は、一回目の受診の時とは別人だったと思います。

 

それくらい、あっという間に、僕の体調は良くなっていったのでした。

 

「薬を減らしましょうか」

 

「もうですか?」

 

僕は本音が出てしまいましたが、それでも大丈夫だと自分でも思いました。

 

ドグマチールを飲まなくてよくなりました。

 

前の自分だったら、薬が減ることに不安を感じていたでしょう。

 

ただ、このときは、うれしいという気持ちの方が大きかったです。

 

薬が減ったことに対して。

 

薬局で薬を受け取りました。

 

「薬、減っていますね」

 

「そうなんですよ!」

 

おじいちゃん薬剤師さんが、きさくにでも丁寧な言葉づかいで、僕に話しかけてくれます。

 

「なんだか最近調子いいんですよ」

 

そんな話をすると、おじいちゃん薬剤師さんは、「先生、いい人でしょ」と、心療内科の先生をほめていました。

 

「あの先生、やっぱりすごい人なのかな?」

 

心の中でそう思うと、ここにきて本当によかったなと、そのように思いました。

 

二か月間、苦しんだ症状。

 

でも、二週間で、僕は僕を取り戻しました。

 

いろんな人のおかげで。

 

 

二週間毎の心療内科

 

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それからというもの、二週間毎の通院が続きました。

 

木曜日が、僕の通院の日。

 

ドグマチールを飲まなくてよくなり、体に変化がでるかな?と思っていたけれど、変化は特になし。

 

調子はかなり良いままでした。

 

先生との話は、ほとんど雑談になりました。

 

ただ、

 

「調子はどうですか?」

 

最初の一言は同じままでした。

 

看護師さんがはかってくれる体重は、初めての通院以来、減ることはなかったです。

 

それを看護師さんは、毎回記録し、いい傾向にあるよと、自分のことのように親身に、

そして自分のことのように喜んでくれました。

 

病院が終わると、あるラーメン屋に絶対行くようになりました。

 

こんなに食べれているのが嘘のようですが、替え玉はしないけど、一人前ちゃんと完食できます。

 

看護師さんにはないしょですが、このせいで太ったのかもしれない、なんて考えたりもしていました。

 

 

減っていく薬

 

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僕の体調はどんどん良くなりました。

 

それと反比例するように、僕の薬はどんどん減っていきました。

 

最初はドグマチールがなくなりました。残りはセニラン一日三錠。

 

一か月後くらいに、セニランが一日二錠に。

 

その一か月後、セニランの一錠が半分の量になり、半分になったセニランを一日二回飲みました。

 

ここから、二週間に一回だった通院が、一か月に一回でよくなりました。

 

そして、このタイミングで、僕の人生で最悪だった年、2015年を越しました。

 

少しづつ減っていく薬は、僕に病気の終焉を見せてくれているようで、なんとなく自信になったことを覚えています。

 

そして年が明け2016年一月。

 

僕の飲む薬は、一日にセニラン半錠だけになりました。

 

僕はよく「誤差の範囲だろ!」なんてふざけて言うようになりました。

 

それほど、薬をじゃらじゃら飲んでいた僕にとって、その半錠はとても少なかったし、

それが自信でもありました。

 

そして、僕を長い間苦しめた、この病気ともおさらばなんだと、そう思わせてくれました。

 

 

さよなら自律神経失調症

 

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一日にセニラン半錠。

 

この生活が三か月くらい続きました。

 

一日に一回薬を飲むといっても、とても小さな半錠。

 

忘れたりすることも度々ありました。

 

そして、それと同じで、薬が絶対不可欠だった僕が薬を忘れるように、病気のことも少しづつ忘れていきました。

 

食べ物を食べれなかったことを忘れました。

 

もちろん吐き気止めなしで。

 

おかげで体重も通常体重にちゃくちゃくと戻りつつありました。

 

不安感も忘れました。

 

そわそわしなくなりました。

 

いてもたってもいられない、そんなことがなくなりました。

 

真夏の暑い日、終わりの見えない長い夜を過ごしたのも過去の話。

 

すっかり寒くなり、夜も長くなったけど、それは例年通りでした。

 

残念なことに、耳詰まりだけは少しだけ残りました。

 

でもあの頃としたら、全然気になりません。

 

そして2016年4月、僕の薬が0錠になりました。

 

僕の中では、このときが、自律神経失調症を克服したときだと思っています。

 

たくさんの人にお世話になりました。

 

そして、たくさんのことを学びました。

 

僕と自律神経失調症

 

悪いことばっかりだったようだけど、いい経験だったのかもしれません。

 

そして、克服したとき、僕が自律神経失調症を克服したそのとき、思ったことがあります。

 

「今の僕なら自律神経失調症の人の力になれる」

 

僕が身をもって経験したこと、そして人からもらったもの。

 

それらを伝えることができる。

 

治るキッカケを知らせることができる。

 

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こんな日々が自分にまた訪れないように、そして僕と同じような境遇の人が増えないように。

 

そんなことを思っていたのでした。

 

 

最後に

 

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きつくて長い日々、言葉で言い表すと僕にとって地獄の日々を過ごしました。

 

この記事をここまで読んでいるあなたは、おそらく僕と同じような境遇にあるのでしょう。

 

僕も、自分の症状をどうにかしたくて、ネットの情報を頼りました。

 

藁にもすがる思いで。

 

この長い記事を最後まで読んでくださった人に、僕が一番伝えたかった事を最後に書きます。

 

この病気は治ります。

 

きつくてつらい日々は、必ず終わります。

 

だから、つらくてなかなか行動に移しづらいけど、自分で一歩を踏み出してみてください。

 

僕にとっての一歩は、内科や耳鼻科を切り捨て、心療内科に行ったことです。

 

あのタイミングで、この一歩を踏み出していなかったらと考えると、ゾッとします。

 

ただ、僕はその一歩を踏み出したから、この病気を克服しましたし、このような記事を書けています。

 

あなたはどうですか?

 

この病気は治らないんだとか、一生付き合っていくとか、そんなこと考えていませんか?

 

僕はそれはおすすめしません。

 

なぜなら、その頃より、病気を克服した今の方が絶対に良いから。

 

もう一度言います。

 

自律神経失調症は治ります。

 

不安でどうしようもない中の一歩は難しいですが、その一歩は絶対に無駄ではありません。

 

この長いお話を最後まで読んでいただけた方は、この病気を本当にどうにかしたい人だと思います。

 

是非、小さくてもいいので一歩を踏み出してみてください。

 

そして、その一歩を踏み出し、そして、元の自分に戻れたのなら、その一歩を必要としている人に伝えていただきたいと思います。

 

 

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筆者が自律神経失調症を『どうやって克服したのか?』、そして『どのような症状があり、どうやって治ったのか?』などを詳しくまとめた記事はコチラです。この体験談を読まれてみて、同じ症状があったり、同じような境遇にある人にはオススメできます。

 

 

自律神経失調症を治すためにやって良かったことを12個、思いつく限り記事にしてみました。自律神経失調症を克服する一歩目として、そして完治するまでの道しるべの一助として、参考にしていただければと思います。

 

 

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